幕末から漢字に対してあまりよい印象を持たなくなります。例えば嫌いな人がいたら同じ空気を吸うのもNGなんてよくありがちですがそういった嫌悪感です。
一般的にはアヘン戦争による清の惨状を見て、日本もそうならないように西洋化をすすめたとよく聞きます。だから漢字を廃してアルファベット化へとは短絡的にも思えます。それに言葉が対象になるところに違和感があります。ここにはやはり脱中国化という意識もありました。知識人の中には漢字廃止論者、英語化を唱える人、ローマ字派、ひらがな派など多数、存在しました。これは戦後も続きます。
西周
「五、六十年後は全く漢字を廃止度義に有之候」
明治3年「文武学校基本並規則書」より
引用「明治を生きる群像 近代日本語の成立 P.51」
福沢諭吉
「心に於て亜細亜東方の悪友と謝絶するものなり」
引用「明治を生きる群像 近代日本語の成立 P.82「脱亜論」より」
井上哲次郎
「日本人が支那の文字を用ふる間は多少支那の文字から支配を受けて行かねばならぬ。それが実にいやなこと」
引用「明治を生きる群像 近代日本語の成立 P.135」
多くの人が文字が読めるようになるためという目的もある明治の共通語創設。しかし漢字をゆくゆくは廃止しようという考えはずっと続きます。